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74年目の真珠湾

12月8日は、真珠湾攻撃の記念日だ。無論、公式な記念日ではない。
しかし、日本人なら永遠に心に刻むべき記念日だ。
支那大陸で泥沼に嵌り、重苦しい日々の中で「ついに、やった」と当時の人は喝采を叫んだと言う。
支那問題が片付かず、更に米、英と戦端を開いてどうなるのだろうという危惧も心の片隅にあった事も確かであろうと想像出来る。
良心的な人物が「これはえらいことになった。日本は破滅だ」と心に秘めるドラマが今では一般的だ。
そしてお決まりの台詞は「日本は愚かな戦争に突き進んだ」「とうてい敵わぬ大国に無謀な戦争を仕掛けた」だ。

多くの歴史家、評論家、識者はこう結ぶ。
果たしてそうだろうか?当時の常識、価値観を考慮せず、結果だけを見て歴史を批判することが正しい歴史認識だろうか?
生産力、人口、国土面積等々から勝敗の行方を占う事は必要な事である。
何故日本は戦わねばならなかったか、これを分析することが正しい歴史を見る目ではないだろうか。

現在の日本の常識では、無謀な戦争、無益な戦争、軍部の独走、悲惨な戦争で多くの尊い人命が失われた。
「軍隊が無ければ戦争は起きない」「日本は侵略に次ぐ侵略を重ねてアメリカに負けた」「負けたお陰で民主主義を教えられ、明るい国に成れた」と言えば歴史学者に成れるのだろう。

歴史は年表の羅列ではない。まして戦勝国アメリカの押しつけ史観や、世界革命に狂奔した共産主義の教範通り、自らの国を貶める事ではない。

大東亜戦争はアメリカが仕掛けた戦争だ。スターリンが支那共産党を操り戦乱を拡大させた。
我が国は戦わざるを得なかった。
日本自身の為でもあり、実は、有色民族独立のため、日露戦争以来、白人帝国主義と戦った戦争だった。

歴史とは、人・國のあり方を問うための学問であり哲学だ。他民族、他国の価値観で自国を批判、中傷することでは無い。
敗戦から七十年。反省するなら、なぜ負けたのか、今度は負けないためにどうすれば良いか、を思索する事だ。
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プロフィール

溝口としもり

維新政党新風

 国民運動委員長、神奈川県本部代表

 参議院議員選挙 神奈川県選挙区候補予定者

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