スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本日街宣、中止

横浜は今、曇天。
午後の降水確率60%につき本日のYG(横浜街宣)は中止です。
定例会は13時~15時、川久保講師「朝鮮併合」があります。

14日(土)はOG(大船街宣)15時~17時でやります。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

神風は吹きました

第2次世界大戦に至るまでに、海軍は地上の気象台や航空観測によって提供される気象・暴風警報を利用できるようになっていました。
しかし、艦艇が作戦を遂行するにあたっては、軍事的な要求と気象被害の可能性との間に相克があり、嵐によって何らかの被害が生じるのは避けられないことした。
嵐は商船を沈め、船団をばらばらにし、港や陸地から離れた艦艇を損傷させるだけではありませんでした。
海軍は大西洋において3隻の艦艇を嵐によって失っています。1942年2月18日には、駆逐艦「トラクスタンUSSTruxtun」(DD-229)と補給艦「ポラックスUSSPollux」(AKS-2)がニューファウンドランドのプラセンシャ湾で嵐のために座礁し、204名の乗組員が死亡しました。
また、1944年9月13日には、折からの大きな大西洋のハリケーンの中、駆逐艦「ウォリングトンUSSWarrington」(DD-383)がフロリダ沖で沈没し、248名が溺死しました。
さらに劇的だったのが、1944年12月と1945年6月および10月に太平洋艦隊を襲った3つの巨大な台風です。
はじめの2つの台風は、軍事作戦を遂行しようとするにあたって避けられない危険というものを浮き彫りにしています。
1944年12月18日、フィリピン侵攻作戦の支援を行っていた太平洋艦隊の多数の艦艇が、非常に強烈な台風に見舞われました。3隻の駆逐艦が転覆し、そのほとんどの乗組員が失われました。
他の9隻の艦艇も重大な損傷をこうむりました。およそ790名の将兵が死亡し、146機の飛行機がたたきつぶされ、炎上し、波にさらわれて海没しました。
1945年6月5日には、九州の日本軍の飛行場を攻撃していた第30.8任務群と第38.1任務群が沖縄南東で台風の中を通過しました。
このときには、7隻の艦艇が大きな損傷を受け、中でも重巡洋艦「ピッツバーグUSSPittsburgh」(CA-72)は艦首を失い、4隻の航空母艦が主飛行甲板に大損傷を受けました。
意外にも、76機もの飛行機が失われたにもかかわらず、死者は6名のみでした。
最も興味深い嵐というのは、おそらく台湾から北向きに進路を変えて、10月9日に艦隊の一大泊地であった沖縄のバックナー・ベイBuckner Bay(中城湾)のすぐ近くを通過した台風でしょう。
進路の変化が急だったため、湾内には大型貨物船からきわめて小型の上陸用舟艇までのさまざまな大きさの揚陸船艇が多数停泊したままでした。
荒波によって12隻の船艇が沈み、222隻が座礁し、3ダース近くが衝突によって損傷しました。
暴風は陸上施設をも襲い、テントを吹き飛ばし、カマボコ兵舎を吹き倒し、食糧やその他の補給品を破壊しました。
人的被害としては、10月18日までに36名が死亡し、47名が行方不明になったとみられています。
もしこの時までに太平洋戦争が終わっていなかったならば、この嵐は来たるべき日本本土侵攻作戦に劇的な影響を与えていたかもしれません。

■同盟国ドイツが敗れ、大日本帝国は唯一国で全世界を相手に戦った。
もう後が無いと思ったのは無理からぬ事でした。しかし、世界は戦後に向けて始動していました。
日本が長年敵視してきたソ連を仲介にして和平工作をしたのも、枢軸同盟を結んでいたのにも拘わらず、
『日ソ中立条約』を忠実に履行し背信行為をしなかったからでもあります。
また8年もの対日戦を続けてきたのに『ヤルタ会談』に出されなかった中国国民党政権も『米英に裏切られた』と思っていました。
さらに日本が解放したアジア諸国も、インド以西の中東、アフリカの諸民族も、『大東亜共栄』の理想が欧米帝国主義の植民地からの解放を目指すものだと知っていました。
2個の原子爆弾をもって大日本帝国を屈服させ、これで永遠の平和が誕生したと思った白人帝国主義が、その後、怒涛のごときアジア・アフリカの民族覚醒に振り回され、
彼らの世界支配は終わりを告げました。
巣鴨のA級処刑を行ったとされる黒人指導者キング牧師は、晩年に『八紘一宇』そのものの思想『我々は一つの家に住んでいる』を、
発表して大東亜解放の先達を弔っています。

★赤化防止のためとはいえ、アメリカは馬鹿な朝鮮戦争に加担したものです。
当時の日本人の大半は飢えていましたが、朝鮮人のために戦おうなどとは思っていませんでした。
原爆使用を要請したマッカーサーを解任したトルーマンも『第三次大戦』を恐れたため満洲進攻をせずに中ソと休戦しました。
アメリカは出来の悪い落し子として生まれた韓国のお守りを日本に押し付けて現在に至っています。
親北を内蔵した反米反日左翼イデオロギーが根を張っているのは日本特に沖縄の左翼ギルドと同様ですが
こうした基地外が世の中を不愉快にしているのは因果なものです。
プロフィール

溝口としもり

維新政党新風

 国民運動委員長、神奈川県本部代表

 参議院議員選挙 神奈川県選挙区候補予定者

facebook
twitter
YouTube
平成25年参院選 政見放送
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
RSS
検索フォーム
QRコード
QR
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
793位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
政治活動
348位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。